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2009年9月17日木曜日

感受性、才能、そして天才

夕方、外回りを終えてオフィスに戻ると、相棒の松ちゃんがいつもと違う席に居た。後ろ姿に陽が当たってる。メモ書きしながら考え事しているよう。

「あ、おかえりなさい。・・・気分転換に場所換えてみました。ここは風も入るし、青空見えるしね」うつむいたまま言った。
オフィスといってもワンルームマンションの一室。ナンボも広くない。席の移動と言ってもたかが距離にして1mくらいのものだ。

でもこういうのって“センスあるなぁ”と僕は思う。
「何らかの原因」があって、その結果生まれる「自分の中の変化」を認知できることが「感受性の本質」と信じているから。
その「自分の中の変化」に「自分なりのカタチ」を与えてアウトプットできることを僕は「才能」と呼ぶ。他者が認知できるその人の才能だ。
さらに初めの「何らかの原因」を「自分で選択的に設定できる人」が「天才」なんだと思うのです。これって「メタ認知」の概念に言葉を置き換えられるか。